丸山 次郎|株式会社アールエフ創業者・「ユーザーのリクエストにノーと言わず、知恵を絞ろう」と説く研究開発型起業家

人物紹介ページ「丸山 次郎」(/maruyama-jiro/)のアイキャッチ画像。本人の肖像をデフォルメ化したイラスト。
起業家

丸山 次郎まるやま じろう

1947年 — 現在

株式会社アールエフ 代表取締役社長

小学3年生で母を病で失った悔しさを起点に、長野県上田市から独学で電子工学の世界へ進み、1993年に妻 百合子とワンルームマンション一室で創業した研究開発型ベンチャーの代表者。世界初のワイヤレス口腔内カメラ、世界初の無線電力伝送方式バッテリーレスカプセル内視鏡「NORIKA」など、医療と映像の領域で複数の「世界初」を生み出した独自の起業家である。

編集メモ

丸山 次郎を異才列伝で立項する理由は、その経歴の派手さではない。日本の医療機器産業において、東京・大阪の大企業や大学発ベンチャーではなく、長野県の研究開発型企業から複数の「世界初」が生まれた事実そのものに、編集視点としての価値がある。歯科用ワイヤレス口腔内カメラの世界シェア8割、デジタルX線センサーの国内シェア6割という数字は、地方発・夫婦創業・素人集団という、いかなる教科書的セオリーにも当てはまらない条件下で達成されたものである。

本人の語録に色濃く現れているのは、技術者としての矜持ではなく、技術者であることへの懐疑である。「経験が邪魔になり、発想が貧弱になることもある」「歴史から学ぶことは必要ですが、歴史の延長で未来予測はできないんです」(いずれも「アールエフ社長 丸山次郎 語録」)。専門教育を受けた経験者よりも、素人の直感を尊ぶ姿勢が、研究開発型企業の代表として一貫している。これは方法論というより、創業以来の経営哲学である。

事業の独自性も、語録の独自性も、すべては小学3年生で母を病で失った原体験に根を持つと、本人は公開インタビューや評伝で繰り返し語ってきた。診療を譲り合う3人の医師を前にして抱いた悔しさが、後年「ユーザーのリクエストに『ノー』と言わず、知恵を絞ろう」という第十二条にまで届いている。経歴の積み重ねではなく、原点の一点が職業人生全体を貫いている人物として記述する。

本ページでは、人物評価ではなく、本人および所属組織の公式発信、本人著書『プロジェクト・ノリカ』、評伝『アールエフの知』、および全国紙の事実ベース報道を出典として、丸山 次郎の経歴と提唱概念を記録する。事業上の公的事実は淡々と記載し、評価的形容は使わない。

略歴

  1. 1947年長野県上田市に生まれる
  2. 小学3年生母を病で亡くす。診療を譲り合う3人の医師を前に、医療への強い問題意識を持つ。同時期、SONYの3本足のトランジスタに出会い、真空管ラジオを自作。これが売れたことが「ものづくり」の原点となる
  3. 中学生無線機を自作する
  4. 高専時代学生寮で真空管式白黒テレビを「生産」し、近所の電気屋に販売委託
  5. 大学進学東海大学工学部に入学。学生仲間とテレビ修理業を立ち上げる。下宿先のおばに電話番号を借り、大学の印刷機で作ったチラシで集客
  6. 卒業後大手コンピューターメーカーの研究所(富士通研究所)に勤務
  7. 退職後東南アジア(シンガポール等)を拠点に、フリーの技術コンサルタントとして活動
  8. 1993年マイクロ波(無線)技術と小型CCDカメラを核に、妻 百合子と二人で「アールエフシステム研究所」を創業。ワンルームマンションの一室からの出発であった
  9. 1997年日系米国人歯科医の要望を受け、世界初の歯科用ワイヤレス口腔内カメラを開発。現地でヒット
  10. 1998年6月株式会社アールエフを設立。本社を長野市に置く
  11. 1998年「飲むCCDカメラ」として、カプセル内視鏡の試作機「NORIKA ver.1」を発表
  12. 2000年世界最小ワイヤレスカメラが、米国ニューヨーク市警に正式採用される
  13. 2001年12月世界初の無線電力伝送方式によるバッテリーレスカプセル内視鏡「NORIKA3」を発表。体内でバッテリーが破損するリスクを排し、専用ベスト内のコイルからマイクロ波で電力を供給する独自方式を採用
  14. 2003年1月医療機器分野の起業家を育成する大学院大学「先端医療機器大学院大学」を2005年を目処に設立する構想を発表
  15. 2003年3月本人著書『プロジェクト・ノリカ』を徳間書店より刊行
  16. 2004年9月篠田達による評伝『アールエフの知』がプレジデント社より刊行
  17. 2005年2月4日農林水産省が動物用CCDセンサーに薬事法に基づき出した製品回収命令について、長野地裁が「処分は違法」として取り消す判決を言い渡す(アールエフ側勝訴)
  18. 2005年12月次世代カプセル内視鏡「Sayaka」を発表。カプセルが二重構造となっており、側面にカメラが付いている内側のカプセルが回転しながら撮影する独自方式
  19. 2006年「人に優しい」を軸に、低価格(市場価格の1/5)・高性能・低被ばくのデジタルレントゲンセンサー「NAOMI」を開発。レントゲン分野に本格進出
  20. 2007年デジタルX線が国内DR市場でシェア29.6%(No.1実績)を獲得
  21. 2008年女優・高島礼子をキャッチコピー「高島礼子はアールエフ」で広告に起用
  22. 2011年3D画像の歯科用X線CT装置を発表
  23. 2013年産業用X線CT装置を発表
  24. 2013年9月解雇無効等請求訴訟について、東京高等裁判所が長野地裁判決を支持し会社側の控訴を棄却。解雇無効として和解金を支払い、社長名で謝罪文を社内に掲示することとなった
  25. 2016年卓上型産業用X線CT装置を発表
  26. 2020年全領域CT装置を発表。同年、従来の「特許を申請せず公開する」方針を維持しつつ、「技術の独占を防ぐ目的」として製品の特許申請を行う方針に転換
  27. 現在株式会社アールエフ 代表取締役社長。社員数350名(関連会社含む)、全国28事業所を擁する研究開発型メーカーを率いている

関連組織

株式会社アールエフ(RF Co., Ltd.)

創業:1993年(アールエフシステム研究所として)/設立:1998年6月1日/本社:〒381-0024 長野市南長池299-16/資本金:17億8,220万円/社員数:350名(関連会社含む)

1993年に丸山 次郎・百合子夫妻が「マイクロ波応用製品の研究と世界最小のCCDカメラの開発」を目的にワンルームマンションで創業した研究開発型メーカー。社名「RF」は無線を意味する「Radio Frequency」の頭文字に由来する。創業当初は放送用の小型無線カメラを主力とし、1997年の世界初のワイヤレス口腔内カメラを契機に医療機器分野へ展開した。現在の事業領域は産業(X線CT、工業用内視鏡、デジタルX線非破壊撮影装置)、医科(X線CT、デジタルレントゲンNAOMI、各種医科カメラ、カプセル内視鏡、使い捨て内視鏡)、歯科(X線CT、パノラマ/セファロレントゲン、口腔内カメラ)、置き楽消耗品事業の4領域。歯科口腔内カメラで世界シェア8割、デジタルX線センサーで国内シェア6割を占めるとされる。旭川から鹿児島まで全国28箇所に事業所を構え、純国産を理念に掲げる開発型メーカーとして、未上場のまま経営を続けている。

株式会社RF929

100%子会社(アールエフ)/所在:長野県長野市

株式会社アールエフの100%子会社。長野市の商業施設「C-one」を運営するほか、置き楽事業を担う関連会社として位置付けられている。

経営哲学・代表的な発信

アールエフ社長 丸山次郎 語録(十二箇条)

アールエフ公式サイトには「丸山次郎 語録」として、本人の発言から抽出された十二箇条が掲げられている。技術論や経営論ではなく、ものを生み出す現場の感覚そのものを刻んだ短文の集積であり、丸山 次郎という人物の思考様式を最も端的に伝える一次資料である。以下、出典「アールエフ社長 丸山次郎 語録」(株式会社アールエフ公式サイト掲載、PDF版 2023年6月9日付)からの引用。

一、できないと思ったら、まず無理なんです。だから「やりましょう」と言う。自分で自分を追い込んだとき、初めて知恵が出てくるんです。

出典:アールエフ社長 丸山次郎 語録(株式会社アールエフ公式サイト)

二、「世の中にはスゴイやつらがいっぱい先を走っている、勝てるわけがない…」でも実はそうでもないんです。やってみたら世界初だったということがあるのです。

出典:同上

三、世の中にはまだ存在していない、誰も手をつけていないものをつくる。このゾクゾクがやみつきになるんです。

出典:同上

四、「あれも無い」「これも無い」と言い訳ばかりでは知恵は出ないものです。

出典:同上

五、悔しさは、最大のバネ(活力)になる。

出典:同上

六、歴史から学ぶことは必要ですが、歴史の延長で未来予測はできないんです。だから明日(未来)が楽しいのです。

出典:同上

七、経験が邪魔になり、発想が貧弱になることもあるんです。(経験と知識だけに寄りかかっていては発明なんかできないんです。直感というのかな、素人的な感性が大切なのです)

出典:同上

八、先が読めない時は無理して読まず、目の前を全力で挑み、歩きながら考える。けっこう先が見えてくるから。

出典:同上

九、成果は投じる金額の大きさではない、一人ひとりの「夢と情熱」である。

出典:同上

十、われわれが持っているのは「何か違うものをつくってみせる」というエネルギーというか、夢というか、情熱なんです。

出典:同上

十一、夢という最高の計画

出典:同上

十二、ユーザーのリクエストに「ノー」と言わず、知恵を絞ろう。

出典:同上

これら十二箇条には、一定の構造がある。第一条から第五条までが「できない理由を探さない」「悔しさを資源にする」という起業家の自己鍛錬の話、第六条から第八条までが「歴史と経験の限界」を語る方法論、第九条から第十一条までが「金額ではなく夢と情熱」を据える組織観、そして第十二条「ユーザーのリクエストに『ノー』と言わず、知恵を絞ろう」が顧客との関係の話である。十二箇条は順番にも意味があり、自己 → 方法 → 組織 → 顧客 と、起業家としての姿勢が外側に向かって展開していく構造をとっている。

「素人の感性」を尊ぶ採用思想

語録の思想は採用の現場にも一貫している。アールエフ公式採用ページの冒頭には、語録の第六条「歴史は必要ですが、歴史の延長で未来予測はできないんです。だから明日が楽しいのです」が掲げられ、続けて「アールエフは 的外れでも直感とアドリブで語れる 飾らず あけっぴろげな人の集まりです 未来を語りながら、目の前に手を抜かず… 目指すは『つぶしの利く人』です」と書かれている。

採用は経験者の獲得ではなく「未経験 大歓迎」を掲げており、興味のある職種に試しでチャレンジできる仕組み、1日だけのトライアル入社も用意されている。「経験が邪魔になり、発想が貧弱になることもある」という語録第七条の哲学が、求人要件・採用フローの設計にまで貫かれている。

カプセル内視鏡「NORIKA」に込められた発想

丸山 次郎の名を医療機器産業に刻みつけたのが、2001年12月に発表された世界初の無線電力伝送方式バッテリーレスカプセル内視鏡「NORIKA3」である。同時期、イスラエルのギブンイメージング社が錠剤サイズのカプセルカメラ「M2A」を発表していたが、M2Aには電池が内蔵されていた。体内に万が一カプセルが残留した場合、電池内の化学物質が人体に与える影響が懸念される。電池容量に限りがあるため1秒間に2枚の静止画像しか撮れず、大腸まで届く前に電池が切れる。省電力化のためCMOSセンサーを採用しており、医師の診断に十分な解像度が得られない、といった複数の問題点が同時期に指摘されていた。

NORIKAは、この前提を根本から組み替えた。カプセル本体には動力源を持たない。電力は、患者が着用する専用ベスト内のコイルからマイクロ波で送信される。これにより、電池サイズの制約から解放され、CCDセンサーで高解像度の映像を取得でき、医師が無線でモニター映像を見ながらカプセルの姿勢や撮影方向を操縦できる仕様が成立した。アールエフ公式サイトはこの仕様を、M2Aを「カプセル型内視鏡カメラ時代の一世代」とし、NORIKAを「SF映画世界の2.5世代カプセル型内視鏡」と位置付けている。

NORIKAおよびSayaka(2005年発表の次世代機)は、いずれもオリンパス製品とは異なり医薬品医療機器等法上の認可は得ておらず、国内外で臨床試験を行ったのみで、2019年6月現在は研究・開発もされていないと『カプセル内視鏡』に関する諸資料に記されている。事業として商業化に至ったとは言えない一方、無線電力伝送方式という基本構想自体は、その後の体内デバイス研究に独自の系譜を残した。

製品名に「女性の名前」を用いる発想

NORIKA(ノリカ)、Sayaka(サヤカ)、NAOMI(ナオミ)、Einstein lumica、Einstein Stella——アールエフの主要医療機器の製品名には、繰り返し女性の名前が用いられている。アールエフ採用情報サイトのFAQ「『Sayaka』や『NAOMI』、製品のネーミングに女性の名前を使っているのはどうして?」に対する公式回答は明快である。「精神的に緊張した状態で行く病院において優しい印象を与えるため」というのが、丸山 次郎が語ってきた理由である。

カプセル内視鏡、デジタルレントゲン、口腔内カメラ。いずれも患者にとっては「緊張する場面」で用いられる装置である。医療機器の名称は技術仕様の略号で済ませる業界慣行に対し、機器の前で身体を委ねる側、すなわち患者の心理を起点にネーミングを設計する。これも語録第十二条「ユーザーのリクエストに『ノー』と言わず、知恵を絞ろう」の一つの表現形である。

「特許を申請しない」開発哲学

2000年代の報道および特許庁の報告書によれば、アールエフは自社の開発技術に関して特許を申請せず、「ライバルを作ることが新技術の開発に繋がる」として、技術内容を積極的に公開する方針を採っていた。新技術を独占で囲い込むのではなく、競合を含めた業界全体に技術が広がることで、自社にもさらなる開発の必要性が生まれ、結果として新製品が次々と生まれる。この逆説を、丸山 次郎は経営判断として選んできた。

2020年時点ではこの方針は転換されており、「積極的に公開する方針は維持しつつ、技術の独占を防ぐ目的」として製品の特許申請を行うように変わっている。出願の主目的が「自社の防衛」ではなく「他社による独占を防ぐこと」にあるという点で、変更後もなお、一般的な特許戦略とは異なる発想に立っている。

先端医療機器大学院大学の構想

2003年1月、丸山 次郎は日本経済新聞紙上で、医療機器分野の起業家を育成する大学院大学「先端医療機器大学院大学」を2005年を目処に設立する構想を発表した。これは「売れる技術の研究と、卒業後の起業」を目的とする教育機関の構想で、医療機器産業に人材を送り込む供給源を自前で組み立てようとするものだった。その後の動向は公式に確認できる範囲では明らかになっていないが、構想自体が示しているのは、丸山 次郎が単一企業の経営者ではなく、医療機器産業全体の供給側の構造を見据えていた事実である。

主要著書

丸山 次郎には本人による単著1冊と、第三者著者による評伝1冊がある。前者は2003年、自社のカプセル内視鏡開発を題材に本人が綴ったもの。後者は丸山 次郎の生い立ちから経営哲学までを、ジャーナリスト篠田達が取材・構成した評伝で、刊行から数年で第6版まで版を重ねている。

プロジェクト・ノリカ 超小型カプセル内視鏡開発物語

著者:丸山 次郎/出版社:徳間書店/刊行:2003年3月31日 初版/定価:1,500円(税込)

長野県の小さなベンチャー企業が、独自のアイデアと情熱で世界のビジネス・チャンスに挑む過程を、本人が綴った著書。カプセル内視鏡「NORIKA」プロジェクトの発端から開発過程、経営方針と試行錯誤、スタッフ達の証言、NORIKAの将来性と可能性までを6章構成で記す。本人による経営思想の原典として位置づけられる。

アールエフの知

著者:篠田達/出版社:プレジデント社/刊行:2004年9月初版(2008年11月までに第6版を刊行)/定価:1,500円(税込)

「『この野郎!』子供心にそう思った。母を亡くしたとき、丸山はまだ小学校3年だった」という書き出しで始まる評伝。丸山 次郎の生い立ちから、1993年の夫人とのアールエフ創業、カプセル内視鏡開発までを描く。章立ては「驚」「挑」「技」「志」「信」「怒」「勇」「夢」の8字構成で、世界一の口腔内カメラ、カプセル内視鏡「NORIKA」誕生、技術屋魂の源泉、シェア85%への道、小さな世界企業の経営哲学、丸山エジソンの構想までを収める。アールエフ公式サイトでも「会社というより同士の集団、アールエフの真髄がわかる一冊」と紹介されている。

系譜・関連人物

丸山 百合子(まるやま ゆりこ)

株式会社アールエフ 共同創業者

1993年、夫の丸山 次郎とともに、東京都内のワンルームマンションでアールエフシステム研究所を共同創業した人物。アールエフ公式サイトおよび各種公開資料では、創業者は一貫して「現社長 丸山次郎と妻 百合子の二人」として記載されている。研究開発型企業の創業期を二人で支え、現在のアールエフ全国28事業所体制に至る基礎を作った。創業時の「夫婦でワンルームマンションからの開業」は、書籍『日本でいちばん大切にしたい会社2』(坂本光司著、あさ出版、2010年)でも、アールエフを象徴する出発点として紹介されている。

公式リンク集

出典・参考資料

  • アールエフ社長 丸山次郎 語録(株式会社アールエフ公式サイト掲載/PDF版 2023年6月9日付)— 十二箇条の語録の典拠
  • 「丸山次郎 プロフィール」株式会社アールエフ公式サイト — 経歴の主たる典拠
  • 「丸山次郎 書籍紹介ページ」株式会社アールエフ公式サイト — 著書情報の典拠
  • 「採用明細-募集要項」株式会社アールエフ公式サイト — 採用思想と語録の活用に関する典拠
  • 「会社概要」株式会社アールエフ公式サイト — 会社の基本情報の典拠
  • 「カプセル内視鏡NORIKA システム解説」株式会社アールエフ公式サイト — NORIKAの仕様および「2.5世代」位置付けの典拠
  • 「賢者の選択|インタビュー 丸山 次郎」(2008年6月7日掲載)— 1947年長野県出身の典拠(生年月日の補助典拠)
  • 『プロジェクト・ノリカ 超小型カプセル内視鏡開発物語』丸山次郎著、徳間書店、2003年3月31日初版
  • 『アールエフの知』篠田達著、プレジデント社、2004年9月初版(2008年11月までに第6版)
  • 『日本でいちばん大切にしたい会社2』坂本光司著、あさ出版、2010年1月26日初版
  • 「人物 インタビュー 丸山次郎 アールエフ社長——こだわりが『体内潜水艇』の技術を生んだ」『日経ベンチャー』第214号、2002年7月、pp.42-45
  • 「内視鏡開発のアールエフ、医療機器分野の起業家を育成——大学院大学設立へ」『日本経済新聞』朝刊、2003年1月20日付 — 先端医療機器大学院大学構想の典拠
  • 「売る技術も教えます 『飲む胃カメラ』成功で長野のメーカー/長野」『朝日新聞』長野版、2003年2月5日付
  • 「『農水省の処分は違法』動物用製品回収命令取り消し訴訟/長野」『朝日新聞』長野版、2005年2月5日付 — 2005年長野地裁判決の典拠
  • 「デジタルX線撮影装置、アールエフ、中国で販売——伊藤忠と協力、需要を開拓」『日本経済新聞』朝刊、2010年6月23日付 — 国内外シェアの典拠
  • 「アールエフ損賠訴訟:和解 医療機器メーカー、解雇処分を撤回——東京高裁/長野」『毎日新聞』地方版、2013年10月1日付 — 2013年東京高裁判決の典拠
  • 「CCD技術で医療・工業界を変革する研究開発型メーカー 株式会社アールエフ」中小企業庁『元気なモノ作り中小企業300社2009』
  • 「平成17年度 特許出願技術動向調査報告書 内視鏡(要約版)」特許庁、2006年3月 — 特許方針および世界初認定の典拠
  • 「アールエフ」Wikipedia — 補助的典拠(一次資料との突き合わせを行ったうえで参照)

この記事を書いた人

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