重田 康光|光通信創業者・22歳で起業し最年少上場を達成した起業家

重田 康光氏の肖像イラスト。光通信創業者として22歳で起業、当時史上最年少での株式店頭公開・東証一部上場を達成、現在はストック型事業の集合体として同社を率いる起業家としての姿を象徴する人物紹介アイキャッチ。
起業家

重田 康光しげた やすみつ

1965年2月25日生まれ

株式会社光通信 代表取締役会長兼CEO

22歳で株式会社光通信を創業し、通信機器の訪問販売から事業を立ち上げた起業家。携帯電話・PHSの普及期に販売代理店事業で急成長させ、史上最年少での株式店頭公開・東証一部上場を相次いで達成。2000年の急落と再建を経て、現在はストック型サブスクリプション・サービスの集合体としての光通信を率いる。

編集メモ

重田 康光という起業家の経歴は、22歳での創業、31歳での当時最年少株式店頭公開、34歳での当時最年少東証一部上場、米経済誌『フォーブス』による世界第5位の富豪としての紹介、株価急落、私財投入による再建——と、振幅の大きさが際立つ。

同時に、ある時期からマスコミ取材を一切受けない姿勢を貫いてきた経営者でもあり、本人による著書や公式インタビューはほとんど存在しない。このため、本人の言葉ではなく、光通信が公表してきた事業構造そのものから経営原理を読み取る形にならざるを得ない。

本ページは、光通信公式社史、公益財団法人重田教育財団の公式発信、東証提出資料に基づく公的事実を主軸とし、報道による評価ではなく、事業そのものの設計と推移を事実ベースで立項することを目的とする。

略歴

  1. 1965年東京都に生まれる。父・兄ともに弁護士という家庭で育つ。
  2. 創業前巣鴨高校卒業後、はり灸専門学校に入学するもすぐに退学。続いて日本大学経済学部に入学するも中退。電話加入権を販売する企業を経て創業準備に入る。
  3. 1988年2月22歳で、OA機器・電話機等の販売およびリースを目的として株式会社光通信を東京都豊島区に設立。資本金100万円。
  4. 1988年7月市外電話サービスの回線販売事業を開始。同年8月、第二電電(現KDDI)と代理店契約を締結し、長距離電話サービス取次へ事業領域を広げる。
  5. 1990年4月複写機・ファクシミリの販売を開始。NTTタウンページに掲載された約530万社の中小企業を営業対象とする訪問販売モデルを組織化していく。
  6. 1991年11月コンピュータおよび周辺機器の販売を開始。
  7. 1992年12月国際電話サービス回線販売事業を本格化。
  8. 1993年6月携帯電話サービス回線販売事業を本格化。
  9. 1994年4月携帯電話機器の売切り制導入に伴い、携帯電話機器販売を開始。同年5月、東京都新宿区に携帯電話販売店舗第1号店を開店。以降、販売代理店「HIT SHOP」を全国展開する。
  10. 1995年7月簡易型携帯電話(PHS)サービスの取次およびPHS端末の販売を開始。
  11. 1996年当時史上最年少の31歳で株式を店頭公開。
  12. 1999年当時史上最年少の34歳で東京証券取引所第一部に上場。同年、米経済誌『フォーブス』に個人資産250億ドル、世界第5位の富豪として紹介される。
  13. 1999年5月株式会社ソフトバンクの社外取締役に就任。
  14. 2000年3月業績予想を従来予想の60億円黒字から130億円赤字へ下方修正。直前まで24万円台にあった株価は急落し、20営業日連続ストップ安を記録、最安値は3,600円台に達した。
  15. 2000年ソフトバンクの社外取締役を辞任。
  16. 2001年事業再建のため、自身の私財100億円を光通信に投入。
  17. 2003年6月代表取締役会長に就任。社長には玉村 剛史が就任。以降、コールセンター運営子会社の設立や光ファイバー回線・宅配水・電力等のストック型販売事業への重心移動が進む。
  18. 2004年8月期最終黒字に転換し、事業再建を実現。
  19. 現在株式会社光通信 代表取締役会長兼CEO。公益財団法人重田教育財団の創設者として奨学金事業も継続している。

関連組織

株式会社光通信

設立:1988年2月/本社:東京都豊島区西池袋/市場:東京証券取引所プライム市場

重田 康光が1988年に設立した会社。社名は創立者「重田康光」の「光」と通信業界の「通信」を組み合わせたものとされる。設立当初はOA機器・電話機等の販売およびリースを目的としていたが、新電電各社の代理店業、携帯電話販売代理店「HIT SHOP」の全国展開を経て事業を急拡大。2000年代以降は法人向け・個人向けのストック型販売事業(光ファイバー回線、保険、電力、宅配水など)を中心とする情報通信業のホールディングカンパニーとなり、JPX日経インデックス400の構成銘柄に組み込まれている。

公益財団法人重田教育財団

創設者:重田 康光/事務局:東京都港区

重田 康光が創設した公益財団法人。海外の大学・大学院へ留学する日本人学生を対象とする給付型海外留学奨学金(月額20万円・2年間給付、年5名採用)を中心に、母子世帯への養育援助金、高校生から医学部医学科卒業までを対象とする医師志望者向け奨学金など、複数の給付型支援事業を運営している。「教育機会の格差をなくす」ことを掲げ、世界で活躍する日本人の育成を目的とする。

経営思想・事業モデル

重田 康光本人による著書や公式インタビューは少なく、その経営思想は専ら光通信という会社が公表してきた事業構造と公開財務情報から読み取られる。以下は、光通信の公式社史、有価証券報告書、第三者媒体の解説で繰り返し言及される、光通信に固有の事業設計である。

ストック型ビジネスモデルへの転換

携帯電話販売代理店として一契約あたりの報奨金を積み上げる「フロー型」のビジネスから出発した光通信は、2000年代の事業再建以降、月額課金型の継続収益を組み合わせる「ストック型」モデルへと事業構造を転換した。光ファイバー回線、ウォーターサーバー、電力小売、保険、業務用システム等、複数領域にわたって月額課金サービスを束ねる構造は、現在の光通信グループの収益基盤の中核となっている。

中小企業の分散市場を営業力で押さえる

光通信の創業期から一貫した営業手法は、NTTタウンページに掲載された中小企業群(約530万社といわれる)を営業対象リストとし、電話アポイントメントと訪問営業の量で開拓する組織型営業である。大手OA機器メーカーや通信事業者にとって、一件あたりの単価が低く個別対応コストが見合わない中小企業の分散市場を、営業人員の組織化によって押さえる戦略は、創業以来の光通信の事業基盤となってきた。

投資ポートフォリオによる多角化

光通信および重田 康光は、上場企業株式への投資を通じて多数の事業領域にエクスポージャーを持つ投資家としても知られる。光通信単体の有価証券報告書には保有有価証券の状況が定期的に開示されており、調剤薬局向けシステム、教育サービス、不動産関連など、本業の販売代理事業とは異なる領域への分散投資が継続的に行われている。

系譜・関連人物

玉村 剛史(たまむら たけし)

株式会社光通信 取締役副会長/前代表取締役社長(2003年6月-2019年6月)

2003年に重田が会長へ退いた際、代表取締役社長を引き継いだ人物。事業再建期から成長軌道再建期にわたる16年間、社長として光通信を率いた。現在は副会長として重田の経営パートナーを務めている。

孫 正義(そん まさよし)

ソフトバンクグループ創業者

重田が1999年5月から2000年にかけてソフトバンク社外取締役を務めた時期、両者はITバブル期を象徴する若手起業家として並列して語られた。重田が辞任した後も、孫と光通信グループは通信業界において代理店・パートナー関係を長く保ってきた。

このほか、光通信は創業以来の組織的な営業文化のなかから、独立して起業する人材も輩出している。ただし「光通信出身の起業家」を一括りで論じる定型化された枠組みは存在せず、個別人物との関係は会社の公式発信から確認できる範囲で記述するのが本サイトの方針である。

公式リンク集

出典・参考資料

  • 株式会社光通信「沿革」公式サイト
  • 公益財団法人重田教育財団「財団について」公式サイト
  • 株式会社光通信 有価証券報告書(EDINET提出)
  • 溝上 幸伸『孫正義の10年後発想 ── 光通信・重田康光ら若手ネットベンチャー経営者にみる失敗の研究』あっぷる出版社、2000年10月
  • Forbes「Yasumitsu Shigeta」プロフィール

この記事を書いた人

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